はじめに
前回、第21部では、平成30年(2018年)の入管法改正によって創設された在留資格「特定技能」について見てきました。
特定技能制度は、生産性向上や国内人材の確保に努めてもなお人手不足が深刻な産業分野において、一定の専門性・技能を有する外国人材を受け入れる制度として創設されました。そして、外国人受入れ政策において初めて、「人材確保」を明確な政策目的として掲げた制度でもありました。
しかし、その一方で、外国人材を安定的に確保するためには、即戦力となる人材を受け入れる制度だけでは十分ではありません。
その前段階として、日本国内で必要な技能や日本語能力を身に付け、特定技能制度へ円滑につながる人材を育成する仕組みも必要になります。
こうした考え方の下で創設されたのが、令和6年(2024年)の入管法等改正により技能実習制度を発展的に解消して新たに創設された「育成就労制度」です。
政府は、技能実習制度について、
・制度目的と実態との乖離
・技能実習生の保護に関する課題
・国際的な人材獲得競争の激化
などを踏まえ、人材育成と人材確保を目的とする新たな制度へ再構築することを決定しました。
今回は、この育成就労制度がどのような背景の下で創設され、技能実習制度から何が変わり、特定技能制度とどのように制度的に接続されているのかを見ていきます。
政府は何を問題と考えたのか
育成就労制度創設の背景について、法務省出入国在留管理庁は、次のように説明しています。
現行の技能実習制度については、制度目的と実態のかい離や外国人の権利保護等の観点からの課題が指摘されています。
さらに、
我が国では人手不足が深刻化している一方で、国際的な人材獲得競争も激化しています。
そして、
外国人にとって魅力ある制度を構築することで、我が国が外国人から「選ばれる国」となり、我が国の産業を支える人材を適切に確保することが重要です。
と述べています。
つまり政府自身が、
・技能実習制度では制度目的と実態との間に乖離が生じていること
・日本社会では人手不足が深刻化していること
・世界規模で外国人材の獲得競争が進んでいること
を、新制度創設の理由として公式に示しているのです。
ここで重要なのは、「制度運営を改善する」という話ではないことです。
政府は、制度目的そのものを見直す必要があると判断したのです。
育成就労制度とは何か
出入国在留管理庁は、育成就労制度について、次のように説明しています。
育成就労制度は、人手不足分野において、我が国での3年間の就労を通じて特定技能1号水準の技能を有する人材を育成し、人材を確保する制度です。
さらに、
育成就労制度と特定技能制度に連続性を持たせることで、外国人が我が国で就労しながらキャリアアップできる分かりやすい制度を構築し、長期にわたり我が国の産業を支える人材を確保すること
を目的としていることも明らかにしています。
ここで重要なのは、育成就労制度が単独で完結する制度ではないという点です。
前回(第21部)で見たように、特定技能制度は、人手不足分野において一定の専門性・技能を有する即戦力人材を受け入れる制度として創設されました。
これに対し、育成就労制度は、その特定技能制度へ円滑に接続するため、
・日本国内で就労しながら技能を修得すること
・特定技能1号水準まで育成すること
・その後、特定技能制度へ接続すること
を制度の中核に据えています。
つまり、
技能実習制度が「国際協力」のための制度であったのに対し、育成就労制度は「人材育成を通じて人材確保を図る制度」として設計された
のであり、この点が制度の本質的な違いです。
技能実習制度との決定的な違い
ここで、技能実習制度との違いを整理しておきましょう。
技能実習制度の目的は、技能実習法第1条にも明記されていたとおり、
人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力
でした。
これに対し、育成就労制度では、
日本国内における人材育成と人材確保
が制度目的となっています。
もちろん、「育成」という考え方自体は引き継がれています。
しかし、その育成は、技能等を母国へ持ち帰ることを前提とした育成ではなく、日本国内における就労を通じて特定技能制度へつながる人材を育成することへと位置付けが変わりました。
つまり、制度目的そのものが、
「国際協力」から「人材育成と人材確保」へ
と転換したのです。
この点こそ、育成就労制度を理解する上で最も重要なポイントだと言えるでしょう。
制度目的の転換は、何を意味するのか
育成就労制度は、単に技能実習制度の名称を変更したものではありません。
制度の根幹である制度目的そのものが変わりました。
技能実習制度では、
「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力」
が制度の中心でした。
これに対し、育成就労制度では、
人手不足分野において、我が国での3年間の就労を通じて特定技能1号水準の技能を有する人材を育成するとともに、人材を確保すること
が制度目的として掲げられています。
ここでいう「育成」とは、単に日本で働くことではありません。
育成就労制度は、特定技能制度と制度的な連続性を持たせることを前提として設計されていますが、3年間就労すれば自動的に特定技能1号へ移行できる制度ではありません。
特定技能1号へ在留資格変更を行うためには、原則として、
・技能検定試験3級や特定技能1号評価試験等による技能水準の確認
・日本語能力A2.2相当以上の日本語能力試験への合格
など、法令で定められた要件を満たす必要があります。
つまり、育成就労制度は、特定技能へ至る人材を育成する制度ではありますが、その移行は一定の能力要件を満たした者に限られるという制度設計になっています。
国家に求められる責任も変わる
制度目的が変われば、国家に求められる責任も変わります。
もっとも、育成就労制度は、人材確保を目的とする制度だからといって、無制限に外国人を受け入れる制度として設計されたわけではありません。
育成就労制度は、特定技能制度と同様、各分野ごとに受入れ見込数が設定される制度です。
この受入れ見込数は、おおむね5年ごとに設定され、大きな経済情勢の変化が生じない限り、その範囲内で制度運用が行われることとされています。
したがって、制度設計そのものの中にも、
「必要な人材を、必要な分野で、一定の範囲内で受け入れる」
という考え方が組み込まれています。
しかし、それでもなお、外国人が日本国内で技能を高め、特定技能制度へ移行し、さらに長期にわたって日本社会の一員として働く可能性を制度として予定する以上、
国家は、
日本語教育
生活支援
労働環境の整備
地域社会との共生
家族帯同への対応
子どもの教育
など、社会統合に関わる課題を避けて通ることはできません。
人材確保を制度目的とする制度は、外国人を受け入れる制度であると同時に、外国人が日本社会の中で生活し、働き、地域社会の構成員となっていく可能性を前提とする制度でもあるからです。
制度目的の転換だけでは十分ではない
私は、この制度目的の転換そのものを直ちに肯定したり否定したりするつもりはありません。
重要なのは、
制度目的の転換に見合った制度全体が構築されているか
という点です。
前回(第21部)で見たように、特定技能制度は、
「専門的・技術的分野」の外国人
として位置付けられています。
一方、育成就労制度は、その特定技能制度へ接続するための育成制度として設計されています。
したがって、育成就労制度は、制度上は3年間の育成制度であっても、その先には特定技能制度への移行が予定されている以上、
日本語教育
生活支援
労働環境の整備
地域社会との共生
家族帯同への対応
子どもの教育
など、
社会統合政策との関係を切り離して考えることはできません。
技能実習制度では、
制度目的と制度運用との乖離
が問題になりました。
育成就労制度では、
制度目的と社会統合政策との乖離
が新たな課題となる可能性があります。
制度目的だけを変えても、それを支える制度や行政能力が伴わなければ、結局は同じ問題を繰り返すことになります。
制度評価から制度再構築へ
ここまで見てきたように、日本の外国人受入れ制度は、
・制度運用による対応
・法律改正による制度設計の変更
・制度全体の再構築
・そして制度目的そのものの転換
という段階を経て発展してきました。
育成就労制度は、その延長線上に位置付けられる制度です。
しかし、その制度目的が「人材確保」へと転換した以上、今後は制度そのものだけでなく、それを支える社会統合政策や制度運営の在り方まで含めて考えなければなりません。
おわりに
技能実習制度から育成就労制度への移行は、単なる制度名の変更ではありません。
制度目的そのものが、
「国際協力」から「人材育成と人材確保」へ
転換したことを意味しています。
もっとも、それは無条件に外国人の定着を認める制度へ転換したということでもありません。
育成就労制度から特定技能1号への移行には、技能試験及び日本語能力試験への合格など一定の能力要件が設けられています。
また、育成就労制度・特定技能制度の双方とも、受入れ見込数(受入れ上限数)の枠組み下で運用される制度です。
しかし、人材確保を制度目的として掲げた以上、国家には、外国人を受け入れるだけではなく、その人材が日本社会の中で適切に就労し、生活できる環境を整備する責任も生じます。
ここまで本シリーズでは、
・研修制度
・技能実習制度
・技能実習法
・特定技能制度
・育成就労制度
という制度の変遷を振り返ってきました。
次回からは、こうした制度分析を踏まえ、主権者である国民の一人として、私自身が考える
「日本版ルール主義による外国人受入れ政策の制度設計試案」
を提示していきたいと思います。
