はじめに
前回は、参政党が第221回国会に提出した「外国人総合政策庁の設置等による外国人政策の総合的な推進に関する法律案」について、現行制度との比較から考察しました。
私の結論は、
「問題意識は正しい。しかし、組織論だけでは不十分」
というものでした。
現在の政府にも、外国人政策について総合調整を行う機能は既に存在しています。
したがって、参政党案を評価する際に重要なのは、「司令塔があるか、ないか」ではありません。
現在ある総合調整機能を、なぜ、どのように強化・再編する必要があるのか。
そして、新たに設ける「外国人総合政策庁」に、どのような権限と責任を持たせるのか。
ここを具体的に考える必要があります。
そのうえで私は、参政党案の基本的な方向性を評価しつつ、法律としての実効性を高めるために、いくつかの修正を加えることが望ましいと考えます。
以下は、その私なりの修正試案です。
第一の修正――「総合調整」の中身を、もう少し明確にする
参政党案の第三条第一号は、外国人総合政策庁の基本的な事務として、
「外国人政策に関する行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画及び立案並びに総合調整に関する事務」
を掲げています。
これは、外国人政策を総合的に扱う行政機関の基本的な任務として、方向性は理解できます。
しかし、第一部でも指摘したように、ここには一つの問題があります。
「総合調整」とは、具体的に何をすることなのか。
この法律案だけからは、必ずしも明確ではありません。
そこで、私は第三条第一号を、例えば次のように修正することを提案します。
一 外国人政策に関する行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画及び立案、関係行政機関との連絡調整その他の総合調整に関する事務
「関係行政機関との連絡調整」という文言を加えるだけでも、総合政策庁の役割が多少明確になります。
さらに一歩踏み込むのであれば、
関係行政機関に対して、資料の提出、説明その他必要な協力を求めること
ができる旨を法律に明記することも考えられます。
ただし、ここは慎重であるべきでしょう。
外国人総合政策庁は内閣府の外局として設置されることが想定されていますが、労働、教育、社会保障、国土利用、警察行政などの所管そのものを、この新しい庁に移すわけではありません。
したがって、各省庁に対してどこまで指示・命令できるのかというところまで法律で強く踏み込むと、行政組織全体の権限関係に大きな影響を及ぼします。
私は、まずは、
「必要な協力を求めることができる」
程度の規定を置くことから検討するのが穏当だと思います。
第二の修正――「外国人の受入れ」と「社会との秩序ある共生」を基本方針に明記する
次に、第三条第二号です。
現在の法案では、外国人総合政策庁の基本的な事務として、
「我が国に在留する外国人の数に関する指標を含む外国人政策を総合的に推進するために必要な事項について定める基本的な方針の策定及び定期的な見直し」
などを掲げています。
ここは、私は参政党案の中でも評価できる部分だと思います。
特に、
「外国人の数に関する指標」
と
「基本方針の定期的な見直し」
を法律に書き込もうとしている点です。
外国人政策を国家として総合的に管理するのであれば、外国人がどの程度在留しているのかを把握し、その状況を踏まえて政策を検討することは当然必要だからです。
ただし、私はここにもう一つ加えるべきだと思います。
それが、
「外国人の受入れ及び社会との秩序ある共生に関する基本的な考え方」
です。
例えば第三条第二号を、次のようにします。
二 我が国に在留する外国人の数に関する指標、外国人の受入れ及び社会との秩序ある共生に関する基本的な考え方その他外国人政策を総合的に推進するために必要な事項について定める基本的な方針の策定及び定期的な見直しその他の外国人政策のうち基本的な政策の企画及び立案並びに推進に関する事務
とするのです。
ここで重要なのは、
「受入れ」と「秩序ある共生」をセットにすること
です。
外国人政策は、外国人を何人受け入れるかだけの問題ではありません。
受け入れた外国人が、
・日本語を身につけられるか
・日本の法令や社会のルールを理解し、守ることができるか
・適正な労働環境で働けるか
・子どもが教育を受けられるか
・地域社会との摩擦をどのように抑えるか
・社会保障制度とどのように関わるか
といった問題まで含めて、初めて一つの政策として完結します。
そして、ここでいう「秩序ある共生」とは、外国人に一方的な同化を求めるという意味でも、外国人だけに特別な負担を求めるという意味でもありません。
日本社会で暮らす以上、日本の法令や社会の基本的なルールを尊重することを前提として、外国人と日本人の双方が互いの権利と責任を認識しながら、地域社会の一員として生活していくことを意味するものと考えます。
言い換えれば、
受け入れた外国人と日本社会が、ルールを共有しながら、どのように秩序ある共生を実現していくのか。
そこまでを外国人政策の対象として考える必要があります。
これは、外国人を受け入れることそのものを否定する考え方ではありません。
むしろ、外国人を受け入れるのであれば、受け入れた後の社会についても、日本社会として責任を持って制度を設計するべきだという考え方です。
したがって、
「受け入れる政策」と「受け入れた後の社会をどう設計するかという政策」は、切り離して考えることができません。
私は、この二つを一体として基本方針の中に位置付けることが重要だと考えます。
第三の修正――「定期的な見直し」を、政策評価と結び付ける
そして、私が今回の修正案の中で特に重視したいのが、政策の評価と見直しです。
参政党案には、すでに「基本方針の策定及び定期的な見直し」という規定があります。これは評価できます。
しかし、
何を根拠に見直すのか
が、法律上は明確ではありません。
そこで私は、単に「定期的に見直す」とするだけではなく、
外国人政策の実施状況と、その効果を検証した上で見直す
という政策サイクルを法律上明確にすることを提案します。
例えば、第三条に新たな号を加えて、
四 外国人政策の実施状況及びその効果を検証し、その結果を踏まえて基本方針その他の政策の見直しを行うこと。
とします。
これは、単なる行政組織論ではありません。
外国人政策を、
政策を決める
↓
実施する
↓
検証する
↓
必要なら修正する
という継続的な政策サイクルの中に置くための規定です。
なぜ「政策評価」が外国人政策では特に重要なのか
私は、外国人政策については、一般の政策以上にこの仕組みが重要だと考えています。
その理由は、外国人政策には一定の不可逆性があるからです。
例えば、外国人を受け入れるための制度を作り、実際に外国人が日本で生活を始めたとします。
その後、
「どうも政策の設計が間違っていたようだ」
と分かったとしても、国内に既に生活基盤を築いている人々を、政策変更によって簡単に「元に戻す」ことはできません。
だからこそ、
問題が大きくなってから政策を修正するのではなく、政策を実施しながら、その効果を継続的に検証し、必要なら早期に修正する。
という仕組みが重要になります。
これは、外国人を厳しく管理するという意味ではありません。
むしろ、外国人を受け入れるのであれば、その政策について日本社会が責任を持つという考え方です。
第四の修正――国会への報告を義務付ける
そして、もう一つ私が加えたいのが、国会への報告制度です。
外国人政策は、国民生活に広く影響する重要な政策です。
だからこそ、その政策を行政内部だけで完結させるのではなく、国会に対して政府が説明する仕組みが必要だと思います。
例えば、新たに、
(国会への報告)
第○条 政府は、毎年、外国人政策の実施状況及びその効果について、国会に報告しなければならない。
という規定を設けます。
もちろん、実際の報告内容や方法については、法律で細部まで規定する必要はありません。
しかし、
「外国人政策について政府が国会に報告する義務を負う」
という基本的な仕組みそのものは、法律に書き込む価値があると思います。
これは、単なる行政内部の事務処理ではありません。
外国人政策について、政府が国会、そしてその先にいる国民に対して説明責任を負うことを明確にするものだからです。
私の修正試案をまとめると
以上の修正をまとめると、私なら参政党案に対して、次の4点を加えます。
①「総合調整」の具体化
「関係行政機関との連絡調整」などを明記し、必要に応じて関係行政機関に協力を求めることができる仕組みを検討する。
②「受入れ」と「秩序ある共生」を基本方針に明記
外国人政策を、単なる受入れ人数の問題ではなく、受入れ後の社会との秩序ある共生まで含めた政策として位置付ける。
③政策評価と見直し
外国人政策の実施状況と効果を検証し、その結果を踏まえて基本方針その他の政策を見直すことを、法律上の任務として明記する。
④国会への報告
外国人政策の実施状況と効果について、政府が毎年国会に報告する仕組みを設ける。
「外国人総合政策庁」という“器”より重要なもの
ここまでの提案を見ていただければ分かるように、私が最も重視しているのは、実は「外国人総合政策庁」という新しい行政組織そのものではありません。
重要なのは、
誰が外国人政策を総合的に考えるのか。
だけではなく、
どのような原則で政策を決め、どのような指標で実施状況を評価し、問題があれば誰が責任を持って修正するのか。
ということです。
つまり、
「器」より「仕組み」
なのです。
外国人総合政策庁を作ったとしても、各省庁との調整権限が弱ければ、単なる新しい行政組織が一つ増えるだけになりかねません。
逆に、現在の組織体制を大幅に変更しなくても、
・明確な基本方針
・政策目標
・客観的な指標
・効果の検証
・定期的な見直し
・国会への説明責任
が制度として確立されれば、外国人政策の質を大きく改善できる可能性があります。
ここから「日本版ルール主義」へ
そして、この考え方は、私がこれまで外国人受入れ政策について提唱してきた「日本版ルール主義」という考え方とも深くつながります。
私が考える「日本版ルール主義」は、外国人を排除するためのルールを作ることでも、逆に外国人を受け入れることを無条件に進めることでもありません。
日本社会として責任を持って、外国人政策のルールを先に設計すること。
そして、
そのルールに基づいて政策を実施し、結果を検証し、必要なら修正すること。
これが基本です。
外国人政策は、その時々の人手不足や経済情勢だけを見て、後から制度を付け足していくのではなく、
「日本社会として、どこまで、どのような外国人を受け入れ、その人たちが日本社会の中でどのように暮らし、働き、地域社会と関わっていくのか」
を、あらかじめ制度として考えておく必要があります。
その意味で、参政党案が掲げる「外国人政策の総合的な推進」という問題意識には、私は理解できる部分があります。
しかし、その実現のために必要なのは、単に新しい庁を作ることではありません。
政策を先に設計し、実施し、検証し、修正する。
その一連の仕組みを、国家として確立することです。
おわりに――「外国人政策を誰が担うか」から「日本としてどう設計するか」へ
参政党の「外国人総合政策庁」構想をめぐる議論は、ともすれば、
「参政党に賛成か、反対か」
という政党論争になりがちです。
しかし、私はそういう問題として捉える必要はないと思います。
重要なのは、
外国人政策を、これからの日本社会にとってどのような政策として位置付けるのか。
そして、
その政策を、誰が、どのようなルールに基づいて決定し、実施し、検証し、修正していくのか。
という制度設計の問題です。
参政党案は、そのための「器」を一つの形として提示しています。
私は、その問題意識には一定の合理性を認めます。
しかし、「器」を作っただけでは十分ではありません。
その「器」に、
明確な政策原則、実効的な総合調整機能、政策評価、見直し、そして国会への説明責任
を組み込む必要があります。
そうして初めて、外国人政策は、場当たり的な対応ではなく、日本社会が責任を持って運営する「政策」として成熟していくのではないでしょうか。
そして、これこそが、私が提唱してきた「日本版ルール主義」の一つの具体的な姿なのです。