なぜ今、あらためて日本の外国人受入れ政策を論じるのか【第24部】社会統合政策は外国人受入れの「社会インフラ」である

はじめに

前回、第23部では、私が考える「日本版ルール主義」という制度設計思想について述べました。
未来は誰にも正確には予測できません。
だからこそ、外国人受入れ制度は、検証し、学習し、必要に応じて見直すことのできる制度として設計しなければならない。
しかし同時に、人の国境を越えた移動は、モノやカネの移動とは異なり、高い不可逆性を持つ公共政策です。
だからこそ、制度は慎重に設計されなければなりません。
では、その制度設計の第一原則は何でしょうか。
私は、
社会統合政策は、外国人受入れ政策の「社会インフラ」である
ということだと考えています。
今回は、この考え方について説明します。

日本でも社会統合政策は不可欠である理由

ここで一つ、誤解してはならないことがあります。
私はここで、日本は移民国家になるべきだとか、外国人を移民として受け入れるべきだという議論をしているのではありません。
日本は、米国などのように、入国の段階から永住を前提として外国人を受け入れる制度を採用している国ではありません。
しかし一方で、日本には永住許可制度や帰化許可制度が存在し、多くの在留資格についても、適法な在留を継続し一定の要件を満たせば、結果として永住や帰化へ至る道が制度上開かれています。
言い換えれば、日本の外国人受入れ制度は、「最初から移民として受け入れる制度」ではありませんが、制度の運用結果として定住が生じ得る制度なのです。
だからこそ、社会統合政策は「外国人が定住してから考える政策」ではありません。
将来、定住が生じる可能性まで見越して制度を設計する段階から、国家の責任として考えなければならない政策なのです。

社会統合政策は制度設計の一部である

ここで重要なのは、社会統合政策を「外国人を受け入れた後に必要となる行政サービス」と考えないことです。
社会統合政策は、制度設計とは別に存在する政策ではありません。
むしろ、外国人受入れ制度そのものを設計する段階から、一体として組み込まれるべき政策なのです。
日本では、「社会統合政策」という言葉を耳にすると、
外国人が増えてから考える政策
外国人が定住してから必要になる政策
というイメージを持つ人が少なくありません。
しかし私は、その理解は根本的に違うと考えています。
社会統合政策とは、外国人が地域社会へ適応できるよう支援する政策というだけではありません。
それ以前に、
外国人受入れ制度そのものが、社会統合を前提として設計されているかどうか
という問題なのです。
つまり、
社会統合政策は、
「定住が始まってから」の政策ではなく、定住が起こり得る制度を設計する時点から始まる国家の責任
なのです。

社会統合政策は「社会インフラ」である

私は、社会統合政策を、
道路や上下水道、学校、病院、消防、警察、
こうした社会インフラと同じように考えるべきだと思っています。
道路が整備されていない地域へ大量の物流だけを送り込めば混乱が生じます。
学校や病院が不足している地域へ急激に人口が増えれば、社会サービスは機能しなくなります。
外国人受入れ政策も同じです。
外国人を受け入れることだけを先行させ、
日本語教育、生活相談、行政相談、労働相談、地域との橋渡し、子どもの教育、
こうした社会統合政策が整備されていなければ、
制度そのものが社会の中で十分に機能しなくなります。
つまり、
社会統合政策は、外国人受入れ政策を支える「社会インフラ」
なのです。

社会統合先行原則という考え方

以上を踏まえると、一つの制度設計上の原則が導かれます。
私はこれを、
「社会統合先行原則」
と呼びたいと思います。
外国人受入れ制度を設計する際には、
「将来、社会統合が必要になる可能性まで見越して制度を設計する」
という考え方
です。
制度が先にあり、社会統合政策は後から考えるという発想ではありません。
制度設計と社会統合政策は、一体として設計されなければならないのです。

社会統合能力には「限界」がある

ここで、もう一つ重要な視点があります。
社会統合政策は、「やるか、やらないか」の問題ではありません。
実際に実施できる能力には限界があります。
例えば、
・日本語教育を提供する体制
・生活相談体制
・行政窓口の多言語対応
・子どもの教育支援
・地域社会との橋渡し
・企業に対する支援
これらは、いずれも人的・財政的資源によって支えられています。
つまり、社会統合政策にも行政能力という限界が存在するのです。

外国人受入れ政策の適正規模とは何か

外国人受入れ政策を議論すると、
「年間何万人受け入れるべきか」
という人数だけの議論になりがちです。
しかし、本来問われるべきなのは人数ではありません。
受け入れる外国人集団の特性と、
日本社会が提供できる社会統合政策の能力、
この二つの組み合わせです。
同じ一万人を受け入れる場合でも、
日本語能力、
文化的背景、
就労形態、
家族帯同の有無、
地域的集中の程度
によって、必要となる行政資源は大きく異なります。
したがって、
外国人受入れ政策の適正規模とは、「人数」だけではなく、「受け入れる外国人集団の特性」と「社会統合能力」の組み合わせによって決まる
ということになります。

ここで、一つ誤解してはならないことがあります。
社会統合政策を重視すると、
「それは理想論ではないか」
「欧米諸国でも社会統合政策は十分に機能せず、移民問題で苦しんでいるではないか」
という反論があるかもしれません。
しかし、私が主張しているのは、欧米型の社会統合政策をそのまま日本へ導入すべきだということではありません。
むしろ、その逆です。
主要な欧米諸国の経験は、外国人受入れの規模や速度が受入れ側社会の社会統合能力を上回った場合、社会的摩擦や制度疲労が生じ得ることを示しています。

だからこそ、日本では同じ轍を踏まないために、
社会統合能力を基準として受入れ政策そのものを設計する
という発想
が必要なのです。
つまり、「社会統合先行原則」とは、
社会統合政策が成功している国があるから採用するのではありません。
社会統合能力を超える受入れが様々な問題を生み得ることが各国の経験から明らかになっている以上、そのような状況を制度設計によって未然に防ごうとする考え方なのです。

その意味で、
外国人受入れ政策の適正規模とは、
「人数」だけではなく、
「受け入れる外国人集団の特性」と
「日本社会が提供できる社会統合能力」
との組み合わせによって決まる
のであり、
その能力の範囲内で制度を運用することこそ、日本版ルール主義が目指す制度設計
なのです。

日本版ルール主義が目指す制度設計

社会統合先行原則とは、
外国人受入れの規模・構成・速度は、
受入れ側社会が実効性ある社会統合政策を提供できる能力を超えてはならない、
という考え方
です。
受入れ規模を拡大するのであれば、
その前に、
日本語教育、
相談体制、
行政体制、
地域社会との連携、
企業支援など、
社会統合能力そのものを拡充しなければならない。
外国人受入れ政策とは、
人数だけを決める政策ではありません。
社会統合能力を一歩ずつ高め、
その能力に応じて外国人受入れ政策も一歩ずつ発展させていく

それが、日本版ルール主義の基本思想なのです。

おわりに

外国人受入れ政策は、
「受け入れるか、受け入れないか」
という二者択一ではありません。
本当に問われるべきなのは、
「どのような制度設計で受け入れるのか」
ということです。
そして、その制度設計の出発点となるのが、
社会統合政策は外国人受入れの「社会インフラ」である
という考え方です。
外国人受入れ制度は、この社会インフラの上に初めて成り立ちます。
私は、そのことを日本版ルール主義の第一原則として位置付けたいと考えています。

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