はじめに
参政党が第221回国会に議員立法として提出した「外国人総合政策庁の設置等による外国人政策の総合的な推進に関する法律案」は、2026年6月16日に参議院議員提出法律案(参法第9号)として提出されています。
この法律案は、内閣府に外局として「外国人総合政策庁」を設置し、出入国・在留管理だけでなく、労働、社会保障、国土の利用・管理、治安など、外国人に関係する政策を総合的に調整・推進する体制を整えようとするものです。
この法律案を見て、まず考えたのは、「外国人政策を総合的に扱う司令塔は、本当に現在の日本には存在しないのだろうか」ということでした。
結論から言えば、現在の政府にも、すでに総合調整機能は存在しています。
しかし、それで十分なのかと問われれば、私はなお検討の余地があると考えます。
そこで本稿では、参政党の主張をそのまま受け入れるのでも、逆に野党の主張だからと退けるのでもなく、まず現行制度との比較から、この法律案の意義と限界を考えてみます。
現行体制にも、すでに「総合調整機能」は存在する
外国人政策というと、出入国在留管理庁だけを思い浮かべる人もいるかもしれません。
しかし、実際には外国人に関する政策は、出入国・在留管理だけで完結するものではありません。
労働政策は厚生労働省、教育は文部科学省、社会保障も厚生労働省を中心に関係行政機関が担い、国土利用については国土交通省など、治安については警察庁など、それぞれの行政機関が所管しています。
だからといって、現在の政府が、それらを完全に縦割りで処理しているわけではありません。
ここは正確に押さえておく必要があります。
2018年7月の閣議決定「外国人の受入れ環境の整備に関する業務の基本方針について」において、法務省は内閣官房とともに、外国人の受入れ環境の整備について、行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画・立案・総合調整を行うこととされました。
そして2019年4月に発足した出入国在留管理庁が、外国人の出入国・在留管理に加えて、外国人の受入れ環境整備について総合調整の機能を担うことになりました。出入国在留管理庁自身も、現在、外国人の受入れ環境整備について、行政各部の施策の統一を図るために必要な企画・立案・総合調整を所掌することを明記しています。
さらに、現在の出入国在留管理庁には「外国人施策推進室」が置かれ、法務省設置法に基づき、特定の内閣の重要政策について、閣議で決定された基本方針に基づいて、行政各部の施策の統一を図るための企画・立案・総合調整を担っています。
したがって、
「日本には外国人政策の司令塔が存在しない」
と単純に説明するのは正確ではありません。
むしろ、
「外国人政策について、内閣の基本方針の下で、出入国在留管理庁が中心的な一翼を担う総合調整機能は、すでに存在している」
と理解するのが適切です。
さらに現在は、内閣官房にも総合調整の仕組みがある
現在の政府の体制を考える際には、もう一つ見落としてはいけないものがあります。
2025年7月、内閣官房に「外国人との秩序ある共生社会推進室」が設置されました。
政府は、この組織を「外国人との秩序ある共生社会の実現に向けた様々な施策を総合的に推進していくため」の事務局組織、すなわち外国人施策の司令塔となる組織と位置付けています。
さらに、関係閣僚会議も設置されており、2026年1月には「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」が決定されています。その後も、2026年7月に関係閣僚会議が開催され、総合的対応策の進捗や今後の取組について議論されています。
つまり現在の政府には、
出入国在留管理庁による総合調整機能
に加えて、
内閣官房による省庁横断的な調整機能
も存在しているわけです。
この点を踏まえると、参政党の法律案を評価する際には、
「司令塔を作るべきか、作るべきでないか」
という単純な問題設定では不十分です。
本当に問うべきなのは、
「すでに存在する総合調整機能では、なぜ十分ではないのか。そして、それをどのように強化・再編すれば、より実効的な外国人政策の司令塔になるのか」
という問題でしょう。
では、参政党案は何を変えようとしているのか
参政党の法律案は、内閣府に、その外局として「外国人総合政策庁」を置くことを定めています。
そして、その基本的な事務として、
外国人政策に関する行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画・立案・総合調整
を掲げています。
この部分だけを見ると、現在の出入国在留管理庁が担っている総合調整機能とかなり重なります。
したがって、参政党案の意義を、
「現在は総合調整機能が存在しないから、それを新設する」
と説明するのは適切ではありません。
むしろ、
「現在、法務省・出入国在留管理庁に置かれている総合調整機能を、内閣府の外局として独立した『外国人総合政策庁』に格上げ・拡張する」
ことに、この法律案の大きな特徴があると見るべきでしょう。
「出入国在留管理」を中心とした行政から「外国人総合政策」へ
では、なぜ参政党は、わざわざ新しい庁を作ろうとしているのでしょうか。
法律案の第一条を見ると、その狙いが比較的よく分かります。
そこでは、外国人政策として、
・出入国及び在留の管理
・労働
・社会保障
・国土の利用及び管理
・治安の確保
・その他の分野
を列挙しています。
つまり、外国人に関する政策を、単なる「出入国在留管理」の問題としてではなく、日本社会全体に関係する横断的な政策領域として捉えているのです。
この考え方自体には、私は一定の合理性があると思います。
外国人を受け入れるということは、単に入国を許可するだけの問題ではありません。
外国人が日本で働けば労働政策に関係します。
家族を伴って生活すれば、教育や社会保障に関係します。
地域に定住すれば、住宅、自治体行政、医療、地域社会との関係にも影響します。
土地や不動産の取得をめぐれば、国土利用の問題にもなります。
そして、法令違反や不法滞在などがあれば、治安や出入国管理の問題にもなります。
このように考えれば、外国人政策を横断的な政策領域として捉えること自体は、決して不自然ではありません。
「外国人数に関する指標」と「基本方針」を法律案に明記した意味
参政党案で、私が注目したいのは第三条第二号です。
ここでは、外国人総合政策庁の基本的な事務として、
我が国に在留する外国人の数に関する指標を含む外国人政策の基本方針を策定し、定期的に見直すこと
が掲げられています。
これは重要な発想です。
外国人政策について、
「外国人を受け入れるか、受け入れないか」
という二者択一だけで考えるのではなく、
「どのような政策目標を設定し、その目標に照らして現在の状況をどう評価するのか」
という政策管理の発想を取り入れようとしているからです。
特に「外国人の数に関する指標」を明記していることには意味があります。
外国人政策を国家政策として行うのであれば、
・外国人がどの程度在留しているのか
・どのような在留資格の人が増えているのか
・どの地域に集中しているのか
・労働市場にどのような影響を与えているのか
・教育や医療などの社会的基盤にどのような影響が出ているのか
といった状況を継続的に把握する必要があるからです。
そして、政策は一度決めたら終わりではありません。
実施した結果を検証し、必要なら修正する。
その意味で、「定期的な見直し」を法律案に盛り込んでいる点も評価できます。
ただし、「司令塔」を作れば問題が解決するわけではない
ここまで見てくると、参政党案の問題意識には、一定の合理性があることが分かります。
しかし、ここからが重要です。
法律案の第三条第一号は、「企画及び立案」や「総合調整」を掲げています。
しかし、
労働政策、社会保障、教育、国土利用、警察行政などについて、外国人総合政策庁が各省庁に対してどこまで実質的な権限を持つのか
については、必ずしも明確ではありません。
例えば厚生労働省が所管する労働政策について、外国人総合政策庁はどこまで関与できるのでしょうか。
文部科学省が所管する外国人児童生徒の教育についてはどうでしょうか。
国土交通省が関係する国土利用についてはどうでしょうか。
警察行政についてはどうでしょうか。
「総合調整」という言葉だけでは、具体的な権限関係が十分に見えてきません。
法律案第七条も、
「外国人総合政策庁及び国の関係行政機関は、外国人政策の総合的な推進を図るため、相互に密接な連携を図るものとする」
と定めています。
しかし、これも基本的には「連携」を求める規定です。
したがって、
「司令塔」を設けることと、「司令塔として実効的に機能する権限を与えること」は別問題です。
この点は、法律案を評価する上で見落としてはならないでしょう。
現行制度から見た総合評価
以上を踏まえて、私はこの法律案を、
「問題意識は正しい。しかし、組織論だけでは不十分」
と評価します。
現在の政府にも、外国人政策について、内閣の基本方針の下で、出入国在留管理庁が中心的な一翼を担う総合調整機能は既に存在しています。
さらに現在は、内閣官房にも「外国人との秩序ある共生社会推進室」が設置され、関係閣僚会議による省庁横断的な政策推進も行われています。
したがって、この法律案の意義は、単純に「外国人政策の司令塔を新しく作る」ことにあるのではありません。
むしろ、
現在、法務省・出入国在留管理庁に置かれている総合調整機能を、内閣府の外局として独立した「外国人総合政策庁」に格上げ・拡張すること
にあると見ることができます。
整理すると、次のようになります。
<現行制度>
出入国在留管理庁
→ 外国人の出入国・在留管理を本来の中核業務としながら、外国人の受入れ環境整備について総合調整を担う。
<参政党案>
外国人総合政策庁
→ 外国人政策全体について、企画・立案・総合調整を担う。
しかも、法律案には、
外国人数に関する指標
外国人政策の基本方針
基本方針の定期的な見直し
外国人政策全般に関する調査
地方公共団体への支援
などが明記されています。
したがって、参政党案の特徴は、単に「縦割りをなくす」ということではありません。
外国人政策を、出入国管理行政を中心とする政策領域から、労働、社会保障、教育、国土利用、治安などを横断する総合政策領域として、より明確に位置付け、その政策全体を統括する行政機関を設けようとしていることにある、と見る方が正確でしょう。
では、何が足りないのか
一方で、法律案には重要な課題も残されています。
外国人総合政策庁が「企画及び立案」や「総合調整」を行うことは定められていますが、各省庁に対してどこまで実質的な権限を持つのか、また、どのような方法で各省庁の施策の統一を図るのかは、必ずしも明確ではありません。
また、「外国人数に関する指標」は示されていますが、その指標をどのように政策目標と結び付けるのか、受入れの規模や分野をどのように決定するのか、社会統合の状況をどのように評価するのかについては、法律案からは具体的には読み取れません。
つまり、
外国人総合政策庁という「器」は示されている。
しかし、
その「器」を使って、どのような原則に基づき、どのようなルールで外国人政策を運営するのかという制度設計は、まだ十分に示されていない。
ということです。
おわりに――「司令塔の有無」から「司令塔に何をさせるのか」へ
ここまで検討してくると、この法律案について考えるべき問題が見えてきます。
それは、
「外国人政策の司令塔を作るべきか」
だけではありません。
現在の日本には、すでに総合調整機能があります。
だからこそ問うべきなのは、
「現在既に存在する総合調整機能を、なぜ、どのように強化・再編する必要があるのか。そして、新たに設ける庁に、各省庁を実質的に調整するためのどのような権限と責任を持たせるのか」
ということなのです。
そして、もう一つ忘れてはならないことがあります。
外国人総合政策庁という「器」を作るだけでは、外国人政策の課題が解決するわけではありません。
重要なのは、その「器」に、
どのような政策原則を与えるのか
どのような権限と責任を持たせるのか
どのような指標で政策の効果を測るのか
問題が生じた場合に、どのように政策を修正するのか
という、実効性のある仕組みを組み込むことです。
「司令塔」を設けることと、「司令塔として実効的に機能する権限と責任を与えること」は、同じではありません。
では、法律として、そこまでのことをどこまで書き込むべきなのでしょうか。
私は、参政党案の基本的な問題意識を評価しつつも、法律として必要最小限の修正を加える余地があると考えます。
次回は、その観点から、私なりの「修正試案」を示してみたいと思います。
