政策を考えるための視点――出入国・在留管理行政から学ぶ「制度・現実・未来」の見方【第3部】行政は「意思」ではなく「制度」で動く――出入国・在留管理行政の現場から考える法治国家の仕組み

現場だけを責めても問題は解決しない理由

ここまで見てきたように、政策を考えるときには、
「問題意識」と「原因分析」を分けること
が大切です。
もう一つ、私たちが忘れてはならない視点があります。
それは、
「行政は何によって動いているのか」
ということです。
SNSでは、ときどき次のような意見を見かけます。
 「入管が本気で取り締まれば済む話だ。」
 「入管が厳しく運用すれば解決する。」
 「現場がやる気を出せば変わる。」
一見もっともらしく聞こえます。
しかし、行政の仕事は、民間企業のように担当者の判断だけで自由に決められるものではありません。
法治国家では、行政法律に基づいて権限を行使する組織です。
担当者が「こうした方がよい」と考えても、法律上の根拠がなければ実施することはできません。
逆に、個人的には疑問を感じる制度であっても、法律が定めている以上、その制度に従って職務を遂行しなければなりません。
これは行政の「限界」ではありません。
法治国家の原則です。

現場で解決できることと、現場では解決できないこと

もちろん、行政運営には改善の余地があります。
窓口対応や業務の効率化など、現場の工夫によって改善できることも少なくありません。
しかし、政策課題の中には、現場だけでは解決できないものがあります。
例えば、
法律の改正が必要な問題
・国会や政府の政策判断が必要な問題
・予算措置が必要な問題
・定員の増員が必要な問題
・国際的な協力や外交交渉が必要な問題
こうした課題は、現場の努力だけでは解決できません。
にもかかわらず、そのすべてを
 「現場の怠慢」
と説明してしまうと、本来改善すべき課題が見えなくなってしまいます。

「全員収容すべきだ」という意見を例に考える

例えば、不法残留者について、
 「全員収容して、速やかに送還すべきだ。」
という意見があります。
法令違反に適切に対応すべきという問題意識には、私も異論はありません。
しかし、その実現のためには、
「収容したい。」
という意思だけでは足りません。
収容施設には定員があります。
収容を担当する職員にも限りがあります。
送還を実施するためには、相手国との調整や旅券の確保など、様々な手続が必要になります。
さらに、送還を命じられた外国人が直ちに帰国するとは限りません。
送還を円滑に進めるには、相手国政府との協力も欠かせません。
つまり、
「もっと収容すべきだ。」
という問題意識と、
「なぜ十分に収容できないのか。」
という原因分析は、やはり分けて考える必要がある
のです。

人員不足は「言い訳」なのか

SNSでは、
 「人員不足は行政の言い訳だ。」
という趣旨の意見を見ることもあります。
もちろん、人員を増やせばすべてが解決するわけではありません。
業務の効率化や制度の見直しも重要です。
しかし、だからといって、人員不足という要因まで否定することはできません。
行政サービスには、一定以上、人の手でしかできない仕事があります。
在留資格審査では、提出書類を確認し、法令との適合性を判断し、必要に応じて追加資料を求め、個々の事情を慎重に検討しなければなりません。
退去強制手続では、事実関係の調査、本人からの事情聴取、関係機関との調整、送還手続など、多くの業務があります。
こうした仕事は、自動化できる部分もありますが、最終的な判断には人の関与が不可欠です。
申請件数や処理すべき案件が増えれば、それに見合った執行体制を整備することも、行政運営の重要な要素になります。

政策を評価するときは、「制度」と「執行能力」を分けて考える

政策は、大きく分ければ、
制度設計
・執行体制
・運用
という三つの要素で成り立っています。
制度が適切でも、執行体制が不十分なら期待した成果は得られません。
逆に、十分な人員や予算があっても、制度設計そのものに問題があれば、やはり望ましい結果にはつながりません。
したがって、
 「制度が悪いのか。」
 「執行能力が不足しているのか。」
 「運用を改善すべきなのか。」
この三つを区別して考えることが、政策を正しく評価するうえで欠かせません。

結び

行政を批判することは、民主主義社会では当然のことです。
しかし、その批判をより建設的なものにするためには、
「現場に求めるべきこと」と、「政治や制度に求めるべきこと」を区別する視点が必要です。
現場の努力で改善できることもあります。
一方で、法律、予算、人員、国際協力など、政治や制度の側で解決しなければならない課題もあります。
この違いを意識することが、感情論ではなく、現実に即した政策論への第一歩ではないでしょうか。

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