なぜ今、あらためて日本の外国人受入れ政策を論じるのか【第23部】日本版ルール主義という制度設計思想──予測ではなく、学習できる制度へ

はじめに

ここまで本シリーズでは、戦後の入管法制定から始まり、研修制度、技能実習制度、技能実習法、特定技能制度、そして育成就労制度へと至る、日本の外国人受入れ制度の変遷を振り返ってきました。
そこから見えてきたのは、一つの重要な事実です。
日本の外国人受入れ制度は、その時々の社会や経済の変化に応じて、制度運用を見直し、必要に応じて法改正を重ねながら発展してきたということです。
つまり、日本の外国人受入れ政策は、一度完成した制度を維持してきたのではありません。
制度を運用し、
課題を発見し、
制度を見直し、
再び運用する。
そうした試行錯誤の積み重ねによって今日に至っています。
では、これから先はどう考えるべきでしょうか。
私は、ここから先は制度史を振り返るだけでは十分ではないと考えています。
これから必要になるのは、
「どのような制度を設計すべきなのか」
という視点
です。
そこで本章からは、私自身が考える外国人受入れ政策の制度設計思想について述べていきます。
私はこれを、
「日本版ルール主義」
と呼びたいと思います。

未来は、誰にも正確には予測できない

外国人受入れ政策を考える際、多くの議論は、
「もっと外国人を受け入れるべきだ」
あるいは、
「受け入れを抑制すべきだ」
という二項対立になりがちです。
しかし私は、この問いの立て方そのものが十分ではないと考えています。
その理由は単純です。
未来は、誰にも正確には予測できないからです。
どれほど優れた研究者や専門家であっても、将来の産業構造や技術革新を確実に予測することはできません。
現在、人手不足が深刻だとされている分野であっても、
生成AIの急速な発展、
人型ロボットの実用化、
自動運転技術の普及、
生産設備の高度な自動化
などによって、数十年後はもちろん、十年後、あるいは数年後には、人手不足の状況そのものが大きく変わっている可能性があります。
逆に、新たな産業が生まれ、まったく別の分野で人材不足が深刻化する可能性もあります。
つまり、
「将来どれだけ外国人労働者が必要になるのか」
という問いに対して、誰も確実な答えを持つことはできない
のです。

だから制度は「学習する制度」でなければならない

未来を予測できないのであれば、制度設計の前提も変わります。
最初から「これが唯一の正解だ」という制度を作ることはできません。

必要なのは、
制度を運用し、
その結果を検証し、
必要に応じて修正し、
社会の変化に合わせて改善し続けることです。
つまり、
制度そのものが学習できる仕組み
でなければならないのです。
私は、これまでの日本の入管制度の歩みも、そのような「学習」の歴史であったと考えています。
研修制度で見えてきた課題は技能実習制度へ、
技能実習制度で見えてきた課題は技能実習法へ、
さらに制度目的そのものの見直しが必要だと判断されれば、育成就労制度へ。
制度は、社会の変化に応じて修正され続けてきました。
その意味では、日本の外国人受入れ制度は、これまでも完全ではなかったからこそ、改善を重ねながら発展してきたと言えるでしょう。
しかし、これからの制度設計には、もう一つ忘れてはならない前提があります。
それは、
外国人受入れ政策は、他の多くの政策とは異なる特性を持つ
ということです。

外国人受入れ政策は「不可逆性」が極めて高い政策である

ここで、外国人受入れ政策が他の政策と大きく異なる点があります。
それは、
人の国境を越えた移動は、高い「不可逆性(irreversibility)」を持つ
ということです。
モノの輸入は、必要がなくなれば止めることができます。
資本の流入も、制度を変更すれば一定程度コントロールできます。
しかし、人は違います。
外国人が日本で生活し、働き、地域社会に溶け込み、家族を持ち、子どもが生まれれば、その存在は日本社会の一部となります。
もちろん、在留資格制度や退去強制制度は存在します。
しかし、適法に長期間在留し、生活基盤を築いた人々について、「制度を変更したから元に戻す」ということは、現実には極めて困難です。
だからこそ、外国人受入れ政策は、
制度を導入することよりも、制度を設計すること
の方が重要
になります。
つまり、
「後で修正すればよい」
という発想ではなく、
「将来、社会統合が必要になる可能性まで見越して制度を設計する」
という発想
が必要なのです。

だから必要なのは「受け入れるか、受け入れないか」という議論ではない

このように考えると、
「外国人をもっと受け入れるべきか」
「外国人受入れを抑制すべきか」
という二項対立だけでは、本質的な議論にはなりません。
本当に問われるべきなのは、
どのような制度で受け入れるのか
ということです。
制度が十分に機能するのであれば、必要な外国人材を受け入れることもできるでしょう。
逆に、制度設計が不十分であれば、受入れ規模が小さくても、さまざまな社会的課題が生じる可能性があります。
つまり、重要なのは人数そのものではありません。
制度設計なのです。

私が提案したい「日本版ルール主義」

私は、外国人受入れ政策に必要なのは、
理念だけでも、
経済合理性だけでも、
感情論でもなく、
制度を中心に据えた政策思想
であると考えています。
それを私は、
「日本版ルール主義」
と呼びます。
日本版ルール主義とは、
未来を完全に予測できないことを前提に、
外国人受入れ政策を、
検証可能で、修正可能で、学習可能な制度
として設計するという考え方
です。
制度は一度作って終わりではありません。
制度を運用し、
検証し、
改善し、
社会の変化に合わせて見直していく。
その積み重ねこそが、外国人受入れ政策に最も求められる姿勢だと私は考えています。

おわりに

本シリーズでは、これまで、日本の外国人受入れ制度がどのような歴史をたどり、どのような制度改正を重ねてきたのかを振り返ってきました。
その歴史から私が学んだことは、一つです。
制度は、完成形として存在するものではありません。
社会の変化に応じて、検証し、改善し続けるものです。
そして、外国人受入れ政策は、人の人生や家族、地域社会の在り方に深く関わるという意味で、他の政策以上に慎重でなければなりません。
だからこそ、
「未来を予測する」のではなく、未来の変化に対応できる制度を設計する。
これが、日本版ルール主義の出発点です。

次回からは、この考え方を具体的な制度設計へと落とし込んでいきます。
まず取り上げるのは、
「社会統合政策は外国人受入れの社会インフラである」
という基本原則
です。
外国人受入れ政策は、人数だけで評価されるものではありません。
受け入れた人々が、日本社会の中で適切に生活し、働き、地域社会の一員として共生できる仕組みがあって初めて、制度は本来の目的を果たすことができます。
そこから、日本版ルール主義の具体的な制度設計試案を、一つずつ積み上げていきたいと思います。

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