判決への賛否と現行法は別問題―技能実習生の妊娠問題から考える法的事実と制度設計―

移民 出入国管理
出入国在留管理庁・厚生労働省・外国人技能実習機構

はじめに

2026年8月4日、福岡地方裁判所小倉支部は、妊娠したフィリピン国籍の元技能実習生女性に対し、退職や帰国を迫ったとして、監理団体と実習先に損害賠償を命じる判決を言い渡しました。
報道によれば、この女性は2019年に来日し、介護業務に従事していました。しかし、妊娠が判明した後、中絶を勧められたり、帰国同意書への署名を求められたりしたとして、帰国することになりました。
裁判所は、妊娠そのものを非難したり、中絶など特定の選択へ誘導したりすることは許されないと指摘しました。
この判決をめぐり、SNS上では、
「技能実習生なのだから帰国するのが当然ではないか」
「妊娠して働けなくなったなら契約終了が普通ではないか」
「このような判決では制度が成り立たない」
といった意見も見られました。
しかし、ここで重要なのは、
「判決に対する評価」と「現行法がどうなっているか」という法的事実は、分けて考えなければならない
ということです。

技能実習は「在留資格」の名称であって、技能実習生は「労働者」である

まず確認すべきことは、「技能実習生」という言葉が示すものです。
「技能実習」とは、出入国管理及び難民認定法上の在留資格の名称です。
一方で、在留資格「技能実習」で在留する外国人=「技能実習生」は、実習実施者(受入れ企業)との間で雇用契約を結び、報酬を受けて働いています。
したがって、労働基準法などの労働関係法令上は、日本人労働者と同じく労働者です。
つまり、
「技能実習生だから」
「外国人だから」
という理由によって、労働法上の基本的な保護が否定されるわけではありません。
この点を理解しないまま、
「技能実習生なのだから、妊娠したら辞めさせてもよい」
と考えることは、日本の労働法制とは一致しません。

外国人にも基本的人権は相応に保障される

日本国憲法が保障する基本的人権が外国人にどの範囲で及ぶのかという問題について、日本の判例・通説は、いわゆる権利の性質説に立っています。
これは、
権利の性質上、日本国民のみを対象としていると解されるものを除き、外国人にも基本的人権の保障が及ぶ
という考え方です。
もちろん、外国人の人権保障は、日本国民と全く同一の範囲で認められるという意味ではありません。
しかし、労働基準法、男女雇用機会均等法、労働契約法などの労働関係法令については、国籍によって適用を区別するものではありません。
したがって、少なくとも労働関係法令の適用においては、日本人労働者と同様に、外国人労働者についても妊娠・出産を理由とした不利益な取扱いは許されません。
したがって、少なくとも労働関係法令については、
日本人女性従業員について、
「妊娠したから退職してください」
「出産するなら仕事を辞めてください」
と求めることが許されないのと同様に、
外国人技能実習生についても、妊娠・出産を理由とした不利益な取扱いは許されません。
今回の判決も、このような法的枠組みに基づいて判断されたものと考えられます。

判決への評価と制度への評価は分けて考えるべきである

もちろん、外国人受入れ制度について、
「現在の制度設計でよいのか」
「受入れ企業の負担をどう考えるのか」
「外国人労働者政策を今後どう進めるのか」
という議論を行うことは必要です。
しかし、その議論をする際には、
現行法がどのような権利保障を定めているのか
を正確に理解する必要があります。
「制度に課題がある」
という政策的な評価と、
「だから現行法上保障されている労働者の権利を制限できる」
という結論は、同じではありません。
法治国家においては、まず現在の法律を理解した上で、その上で制度改革の必要性を議論することが求められます。

本当に議論すべきなのは、これからの制度運用と制度への信頼である

今回の判決を契機として、本当に議論すべきことは、「妊娠した技能実習生をどのように扱うべきか」という問題ではありません。
なぜなら、技能実習制度においても、技能実習生は労働法上の労働者であり、妊娠・出産を理由とした不利益な取扱いが許されないことは、既に法制度上明確だったからです。
今回問題となったのは、制度上の権利保障が存在しなかったことではありません。
制度が予定していたルールを、受入れ側である実習実施者や監理団体が守らなかったことです。
技能実習制度においても、妊娠・出産が生じた場合の在留・就労の取扱いや、受入れ企業、監理団体、外国人本人それぞれの責任や役割について、一定のルールは整備されていました。
それにもかかわらず、妊娠そのものを問題視し、退職や帰国を求める対応が行われたため、裁判所によって法的責任が問われたのです。

令和9年4月から始まる育成就労制度は、技能実習制度を発展的に解消して創設される新たな制度です。
技能実習制度が、
開発途上地域への技能等の移転を通じた国際協力
を制度目的としていたのに対し、育成就労制度は、
深刻化する人手不足分野において外国人材を育成し、在留資格「特定技能」につなげる
ことを目的としています。
つまり、育成就労制度における「育成」とは、国際協力を目的とした技能移転ではなく、日本社会が必要とする人材を育成するためのものです。
言い換えれば、昭和時代の日本企業が新卒社員を採用し、社内教育やOJTを通じて自社の人材として育成していった仕組みに近い側面があります。
その意味で、育成就労制度の対象者は、技能実習生以上に、日本社会の中で働く労働者として位置付けられます。
したがって、育成就労制度のもとでも、
「妊娠したから帰国させる」
「出産するなら制度目的に反する」
というような考え方が認められるものではありません。
外国人であることを理由として、日本人労働者より低い権利保障しか与えないことは許されません。
もちろん、立法政策として合理的な区別を設ける余地が一般論として存在する場合はあります。
しかし、妊娠・出産という人として当然に生じ得る事情について、日本人労働者と育成就労制度による外国人労働者との間に合理的な区別を設ける理由を見いだすことは困難です。

今後重要なのは、既に成立していて令和9年4月から運用が開始される育成就労制度を、制度趣旨に沿って適正に運用していくことです。
そのためには、
・外国人本人の権利保護を徹底すること
・受入れ企業や監理支援機関が制度を正しく理解すること
・制度上求められる責任分担を明確にすること
・不適切な運用を防止する仕組みを機能させること
が必要です。
外国人受入れ制度は、単に人数を確保するための制度ではありません。
外国人が適切に働き、生活し、日本社会の一員として定着できる仕組みを整えることが重要です。

おわりに

SNSでは、感情的な議論が先行しがちです。
しかし、法治国家においては、「現行法がどうなっているか」と、「その法律を変えるべきか」は区別して考えなければなりません。
法律の内容を正確に理解した上で制度改革を論じることこそ、建設的な議論への第一歩です。
令和9年4月に始まる育成就労制度は、日本が外国人材の受入れを本格的な人材確保政策として位置付ける新たな制度です。
その制度が国民の理解と信頼を得るためには、外国人本人の権利保護と受入れ側の負担の双方に配慮した、透明で予見可能なルールをあらかじめ整備しておくことが不可欠です。
制度は、問題が起きてから慌てて対応するのではなく、起こり得る課題を見据えて設計されなければなりません。

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