なぜ今、あらためて日本の外国人受入れ政策を論じるのか【第27部】漸進主義──「一度に大きく変える」のではなく、小さく始めて検証する

はじめに

前回、第26部では、日本版ルール主義の第二原則として「社会統合質的適合原則」について考えました。
外国人受入れ政策において重要なのは、単純に「何人受け入れるか」だけではありません。
どのような外国人集団を受け入れるのか。
その外国人集団を受け入れるために、どの程度の社会統合能力が必要となるのか。
そして、その能力を日本社会が現実に提供できるのか。
こうした点を考慮して、受入れの規模や構成を決めなければならないという考え方です。
しかし、ここで、もう一つ問題が残ります。
仮に、ある外国人受入れ制度について、
「制度設計としては合理的だ」
「社会統合能力の範囲内である」
と判断したとしても、その制度が実際に社会の中でどのように機能するのかを、導入前に完全に把握することはできません。
制度を実施して初めて分かることがあります。
予想していなかった問題が発生することもあります。
逆に、事前には問題になると思われていたことが、実際にはそれほど大きな問題にならないこともあります。
だからこそ、私は日本版ルール主義の制度設計において、
漸進主義
を重要な原則として位置付けたいと考えています。

なぜ「漸進主義」が必要なのか

外国人受入れ政策については、
「受け入れる」
「受け入れない」
という二者択一で議論されることが少なくありません。
しかし、実際の政策は、そのような単純なものではありません。
受入れ分野をどうするのか。
受入れ人数をどの程度にするのか。
受入れ地域をどうするのか。
家族帯同を認めるのか。
在留期間をどう設計するのか。
日本語能力をどこまで求めるのか。
社会統合のために、どの程度の行政資源を投入するのか。
外国人受入れ政策には、数多くの政策変数があります。
しかも、それぞれの政策変数が相互に影響します。
したがって、制度を一度に大きく変更し、その結果を待つという方法には、大きなリスクがあります。
特に、人の国境を越えた移動には、モノやカネの移動とは異なる「不可逆性」があります。
人が入国し、就労し、生活を始め、家族を形成し、地域社会との関係を築いていけば、その後に政策を変更したからといって、すべてを元の状態に戻すことは容易ではありません。
だからこそ、
不確実性が大きく、しかも不可逆性の高い政策ほど、段階的に実施する必要がある
と私は考えます。

漸進主義とは「何もしない」ということではない

ここで、漸進主義について誤解のないようにしておきたいと思います。
漸進主義とは、
「外国人受入れ政策は、何も決めずに様子を見る」
という考え方ではありません。
また、
「問題が起きるまで制度を放置する」
という考え方でもありません。
むしろ、その反対です。
一定の政策目的を明確にした上で、制度を小さく始めます。
そして、実施状況を確認します。
その結果を検証し、問題があれば修正します。
問題がなければ、必要に応じて次の段階へ進みます。
つまり、
設計 → 実施 → 検証 → 修正 → 拡大
という循環を制度の中に組み込む考え方
です。
私は、これこそが、日本版ルール主義における漸進主義の基本的な意味だと考えています。

「小さく始める」ことには意味がある

制度を小さく始めることには、単にリスクを小さくする以上の意味があります。
実際に制度を運用してみなければ分からない情報を得ることができるからです。
例えば、ある分野で外国人を受け入れた場合、
・どの程度の日本語能力が実際に必要だったのか
・企業側の受入れ能力は十分だったのか
・自治体の相談体制にどの程度の負担が生じたのか
・学校や医療など地域の社会サービスにどの程度の影響があったのか
・地域社会との摩擦は発生したのか
・外国人本人が制度をどのように評価したのか
といったことは、制度開始前の机上の検討だけでは完全には分かりません。
だからこそ、一定規模で制度を実施し、実際のデータや現場の経験を蓄積することが重要になります。
つまり、漸進主義とは、
制度を段階的に実施することによって、政策そのものを学習する仕組み
でもあるのです。

受入れを拡大する場合にも「条件」を設ける

漸進主義を制度として実効性のあるものにするためには、
「問題がなければ拡大する」
という曖昧な仕組みだけでは不十分です。
あらかじめ、
どのような条件を満たした場合に、次の段階へ進むのか
をできる限り明確にしておく
必要があります。
例えば、
・受入れ後の就労状況
・賃金や労働条件
・失踪・不法残留等の発生状況
・日本語能力の状況
・社会統合施策の利用状況
・自治体や地域社会への負担
・外国人本人の定着状況
・受入れ企業による制度違反の状況
などを検証することが考えられます。
その上で、あらかじめ設定した基準を満たしているのであれば、次の段階へ進む。
反対に、重大な問題が確認されたのであれば、拡大を停止する。
場合によっては、制度そのものを縮小したり、設計を変更したりする。
このような仕組みがあって初めて、「漸進主義」は制度設計原則として機能します。

「一度始めたら拡大する」という発想から離れる

外国人受入れ政策では、制度を創設すると、
「せっかく制度を作ったのだから、もっと利用できるようにしよう」
という方向へ政策が動くことがあります。
しかし、日本版ルール主義では、この発想から距離を置く必要があります。
制度を作ったことと、その制度を拡大することは別問題です。
制度を導入した後に検証した結果、
「当初想定していた効果が得られていない」
「社会統合能力を超える負担が発生している」
「制度の悪用や不適正利用が想定以上に発生している」
といった問題が明らかになったのであれば、制度を拡大するのではなく、立ち止まることも必要です。
つまり、
制度には「拡大する自由」だけでなく、「止める仕組み」も組み込まれていなければならない
のです。
これは、第23部で述べた「学習する制度」という考え方とも密接に関係します。
学習する制度とは、成功した場合だけ学習する制度ではありません。
失敗や想定外の結果からも学習し、必要ならば政策を修正できる制度です。

漸進主義と「不可逆性」

ここで、改めて人の国境を越えた移動の不可逆性について考えてみます。
外国人受入れ政策では、
「将来、必要になるかもしれないから、今のうちに大量に受け入れておこう」
という発想には慎重でなければなりません。
なぜなら、将来の人手不足や産業構造を正確に予測することはできないからです。
今日、人手不足が深刻な分野であっても、
技術革新によって必要な労働力が減少する可能性があります。
産業構造そのものが変化する可能性もあります。
逆に、新たな産業が生まれ、別の分野で人材需要が急増する可能性もあります。
どれほど優秀な研究者や政策担当者であっても、こうした未来を完全に予測することはできません。
だからこそ、外国人受入れ政策については、
「将来の需要を正確に予測して、それに合わせて一気に制度を作る」
という発想ではなく、
将来の不確実性を前提として、段階的に制度を実施し、その結果から学習する
という発想
が必要になります。

漸進主義は「受入れ抑制論」ではない

ここでも、誤解を避けるために明確にしておきます。
漸進主義は、外国人受入れをできる限り抑制するための理論ではありません。
また、外国人受入れに反対するための制度的な口実でもありません。
一方で、受入れ拡大を前提として、それを正当化するための理論でもありません。
漸進主義の目的は、
政策判断の誤りが社会に与える影響を可能な限り小さくしながら、必要な政策を実施すること
にあります。
受入れを拡大する必要があるなら、拡大する。
しかし、一度に大きく拡大するのではなく、検証可能な単位で段階的に進める。
問題があれば、立ち止まる。
改善できるのであれば、改善して次の段階へ進む。
この柔軟性こそが、漸進主義の特徴です。

日本版ルール主義における漸進主義

ここまでの議論を整理すると、日本版ルール主義における漸進主義とは、
「将来を完全には予測できず、人の移動には高い不可逆性があることを前提として、外国人受入れ政策を一度に大きく変更するのではなく、段階的に実施し、検証結果に応じて継続・拡大・修正・縮小・停止を判断できるようにする制度設計原則」
ということになります。
第24部・第25部で述べた「社会統合先行原則」は、
社会統合能力を超えて受け入れない
という受入れ側の能力を基準とする原則
でした。
第26部の「社会統合質的適合原則」は、
受け入れる外国人集団の特性と、必要となる社会統合能力との適合性を考える
という原則
です。
そして今回の「漸進主義」は、
その制度を、どのような速度と規模で実施していくのか
という時間軸の問題を扱う原則
です。
つまり、
能力を超えない。
特性に適合させる。
そして、一度に大きく動かさない。

この三つを組み合わせることで、外国人受入れ政策をより慎重かつ持続可能な制度として設計することができる
と私は考えています。

おわりに

外国人受入れ政策では、
「正しい答えを最初から決める」
ことよりも、
「間違えたときに修正できる制度を作る」
ことの方が重要な場合があります。
特に、人の国境を越えた移動は不可逆性が高く、政策判断の誤りを後から完全に取り戻すことは容易ではありません。
だからこそ、
小さく始める。
検証する。
問題があれば修正する。
必要なら立ち止まる。
そして、十分な根拠が得られた場合に次の段階へ進む。
私は、このような政策運営を、外国人受入れ政策にも組み込むべきだと考えます。
これが、日本版ルール主義における漸進主義です。
そして、漸進主義を実際に機能させるためには、もう一つ欠かせないものがあります。
それは、
「何をもって制度がうまく機能していると判断するのか」
を、あらかじめできる限り明確にしておくことです。
次回は、この問題を「検証可能性」という観点から掘り下げ、外国人受入れ政策を実施して終わりではなく、評価し、検証し、必要に応じて修正する政策として設計するための原則について考えてみたいと思います。

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