台湾は「国」ではないのに、なぜ日本では台湾のパスポートが使えるのか?

新常識
【見本】在留カード

先日、長崎市で営まれた「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」をめぐって、台湾代表の座席の扱いが話題になりました。
この問題については、「日本は台湾を国家として承認していないのだから、外交団と同じ扱いをしないのは当然だ」という意見もあります。
なるほど、と思う方もいるでしょう。
日本政府が台湾を国家として承認していないことは、確かに事実です。
ただ、ここで少しだけ立ち止まって考えてみたいことがあります。
「国家として承認していない」ということと、「日本の行政制度の中で台湾をどのように取り扱うか」ということは、本当に同じ問題なのでしょうか。
実は、この問いを考えるうえで、とても興味深い実例が、日本の出入国在留管理行政にあります。
それは、1998年の出入国管理及び難民認定法(略称「入管法」)の改正です。

出入国管理及び難民認定法施行令

今では当たり前の「台湾のパスポート」。昔は違った

現在、日本に住んでいる人なら、台湾から来た人が「台湾護照(台湾のパスポート)」を使って日本に入国することに、特に違和感を持たないでしょう。
ところが、少し前までは違いました。
1998年の入管法改正以前、台湾当局が発行する「台湾護照」は、日本の入管法上の「旅券」(パスポート)には該当しなかったのです。
当時の法律では、「旅券」とは、日本政府、または日本政府が承認した外国政府などが発行した旅券等を指していました。
台湾は、日本政府が国家として承認している国ではありません。
そのため、台湾護照をそのまま日本の入管法上の「旅券」として扱うことができなかったのです。
では、台湾から日本に来る人はどうしていたのでしょうか。
日本の入管当局から、別途「渡航証明書」の発給を受ける必要がありました。
実際、1996年度だけで台湾住民に対する渡航証明書の発給件数は約57万7千件に達していました。国際交流が活発になるにつれ、このような手続を続けることは、日本の出入国在留管理行政にとっても大きな事務負担になっていたのです。

そこで、1998年に入管法が変わった

こうした事情を背景に、1998年、入管法が改正されました。
この法改正では、「旅券」の定義に、
 「政令で定める地域の権限のある機関」が発行する、旅券に相当する文書
を加えることになりました。
そして、その後の政令によって「台湾」が指定されました。
これによって、台湾当局が発行する「台湾護照」が、日本の入管法上の「旅券」として扱われることになったのです。
この法改正は1998年5月8日に公布され、同年6月8日に施行されました。
その結果、台湾から日本に来る人について、従来のように日本側が別途「渡航証明書」を発給する必要がなくなりました。
日本に在留している台湾出身者が一時的に出国し、日本へ再入国する場合についても、従来の特別な手続が改められました。
現在の私たちからすると当たり前に見える「台湾護照による出入国」は、こうした制度変更によって実現したものなのです。

では、このとき日本は台湾を「国家」として承認したのでしょうか

もちろん、そうではありません。
ここが、この話の面白いところです。
当時の外務省は、この問題についてかなり明確な説明をしています。
台湾の旅券を日本の入管行政上有効なものとして扱うことと、台湾を国家として承認することは、別の問題である。
旅券を国内法上どのように取り扱うかは、国家承認とは直接結び付くものではない。
そして、台湾護照を日本の入管法上の「旅券」として扱ったとしても、それによって日本政府が台湾を国家や政府として承認することにはならない。
1998年の法改正に際しても、外務省は、この法改正が「入管行政の効率化を目的とする技術的な措置」であり、日中共同声明に示された日本政府の台湾に関する基本的な立場を変更するものではない、と説明しています。
つまり、日本政府は、
「台湾を国家として承認すること」
と、
「台湾当局が発行した旅券を、日本の出入国在留管理行政上、有効なものとして扱うこと」
を、はっきりと切り分けた
わけです。

中国側から「懸念」が示されなかったわけでもない

ここは、誤解のないように付け加えておきたいと思います。
この法改正をめぐって、中国側から何の反応もなかったわけではありません。
1998年の国会審議では、中国外務省のスポークスマンがこの法改正について「懸念を表明した」とする報道が取り上げられています。
一方、当時の法務省は、中国側との間で外務省を中心に非公式な折衝を行っていたことを説明しています。
そのうえで、日本政府は、この措置は日中共同声明の基本的な部分に反するものではないとの立場を示しました。
つまり、
中国側の懸念があったことと、日本政府が台湾護照を入管法上の旅券として扱う制度を実施したことは、両立している。
ここも興味深いところです。

「国家として承認していない」から「行政上も扱えない」ではない

ここまでの話を整理してみましょう。
日本は台湾を国家として承認していません。
しかし、それでも、
台湾当局が発行する「台湾護照」を、日本の入管法上の「旅券」として扱うことにしました。
なぜでしょうか。
日本政府の説明は明快でした。
それは国家承認の問題ではなく、日本の出入国在留管理行政上の必要性に基づく制度上の取り扱いだからです。
言い換えれば、
台湾を国家として承認しているわけではない。
しかし、台湾との間で現実に人の往来がある以上、その出入国・在留を適正に管理するために、台湾護照を入管法上の旅券として扱う。
ということです。
この二つは矛盾しませんでした。

現在も「国」だけで行政を考えているわけではない

この考え方は、1998年だけの一時的なものでもありません。
現在の出入国在留管理行政でも、台湾護照は入管法上の旅券として扱われています。
また、在留カードの「国籍・地域」の欄では、「国籍」だけではなく「地域」という区分が使われています。
出入国在留管理庁の資料でも、台湾については「地域」として扱うことを前提に、「台湾」と表記する取り扱いが説明されています。
これも考えてみれば、なかなか興味深いことです。
外交上の国家承認については日本政府として明確な立場がある。
しかし、行政制度の中では、その制度の目的に応じて「国」だけではなく「地域」という区分を設け、台湾について具体的な取り扱いをする。
ここでも、
外交上の位置付けと、行政上の具体的な取り扱いが、必ずしも一体ではない
ことが分かります。

「国家承認」と「行政上の扱い」を一緒にしなくてもよい

私は、今回の長崎のニュースを見て、この1998年の入管法改正を思い出しました。
もちろん、ここで長崎市の対応について、私が「正しい」「間違っている」と論評したいわけではありません。
また、「台湾を国家として承認すべきだ」という外交政策の議論をしたいわけでもありません。
そうではなく、
「国家として承認しているかどうか」と、「ある制度の中で、台湾をどのように取り扱うか」は、そもそも別々に考えることができるのではないか。
ということを、読者の皆さんにも一度考えていただきたいのです。
1998年の日本政府の対応は、その一つの実例です。
日本政府は台湾を国家として承認する立場を変えませんでした。
しかし、それとは別に、台湾護照を日本の出入国在留管理行政上の「旅券」として扱う制度を作りました。
国家承認を変えずに、行政上の取り扱いを変える。
実際に日本は、それを行ったのです。

おわりに――「台湾は国なのか」だけでは見えないもの

台湾の問題になると、どうしても、
「台湾を国家として承認するのか、承認しないのか」
という二者択一の議論になりがちです。
もちろん、国家承認は重要な外交問題です。
しかし、行政の世界では、それだけですべてが決まるわけではありません。
現実の人の往来がある。
行政上、処理しなければならない問題がある。
そのために必要な制度を作る。
その制度を運用する。
その一方で、外交上の基本的な立場は維持する。
1998年の入管法改正は、まさにそうした考え方の一例でした。
台湾を国家として承認していない。
それでも、台湾護照は日本の入管法上の「旅券」である。
この二つは、現実に両立しています。
だとすれば、
「国家承認」と「行政上の取り扱い」は、本当にいつも一緒に考えなければならないのでしょうか。
あるいは、
「国家として承認していないのだから、この場面でもこう扱うしかない」という結論は、本当に必然なのでしょうか。
1998年の入管法改正という小さな歴史を知ったうえで、今回の長崎の問題についても、少しだけ考えてみる。
そのくらいの距離感で、この問題を考えてみてもよいのではないでしょうか。

\ 最新情報をチェック /

トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました