出入国在留管理行政を見るときに必要な視点―「できること」と「時間を要すること」を区別する

はじめに―専門的に見える主張ほど、冷静に考える必要がある

近年、外国人政策や出入国在留管理行政について、SNS上ではさまざまな意見が発信されています。
その中には、在留外国人の実態や入管法の運用について詳しい知識を持つ方による発信もあります。専門的な知識に基づく意見は、政策を考えるうえで大変参考になります。
しかし一方で、専門知識を持つ人の発言だからといって、その評価や結論まですべて正しいとは限りません。
特に行政政策について考える場合には、「何が問題なのか」だけではなく、「その問題を解決するために、行政が現実に何を、どの程度の期間で実行できるのか」という視点が不可欠です。
出入国在留管理行政のように、国家の安全、国民生活、外国人の人権、国際関係などが複雑に関係する分野では、単純な「やる気があるかないか」という議論では、本質を見誤る危険があります。

不法残留者対策は重要だが、短期間で解決できる問題ではない

出入国在留管理庁の発表によれば、令和8年1月1日時点で6万8,488人の不法残留者が存在しています。
不法残留は、在留資格制度を根幹から揺るがす問題であり、その対策は出入国在留管理政における最重要課題の一つです。
当然ながら、不法残留者を減少させ、適正な在留管理を実現するための取り組みは、今後も強化されなければなりません。
しかし、この約6万8千人という規模を、短期間でゼロに近づけることは、単純な「取り締まり強化」だけでは実現できません。
なぜなら、不法残留者一人ひとりについて、まずは我が国に現在どこで生活しているのか、その所在を把握することから始めなければならないからです。不法残留となった者の中には、摘発や退去強制手続の対象となることを避けるため、住居や勤務先を変更しても必要な届出を行わず、行政当局による所在確認を困難にしている者が少なくありません。
その上で、本人確認・身元確認、送還先国との調整、本人による送還拒否への対応、収容・仮放免制度との調整、難民認定手続との関係整理、送還のための航空便等の確保など、多くの実務的な課題を一つずつ処理していく必要があります。
つまり、不法残留者対策は「行政にやる気があるかないか」という単純な問題ではありません。
法治国家である以上、必要な手続を踏まえながら、一人ひとりについて適切に処理していく必要がある、時間を要する長期的な課題なのです。

行政は「すぐできる改革」と「時間を要する課題」を同時並行的に進めている

行政政策には、それぞれ性質の違う課題があります。
すぐに
運用の在り方の見直し制度改正によって改善できる問題もあれば、現場で長期間取り組まなければ解決できない問題もあります。
例えば、永住許可制度について、税や社会保険料の納付状況、生計維持能力などの要件をより明確化・適正化することは、制度設計の問題として対応可能な分野です。
一方、不法残留者の減少や送還の円滑化は、個々の事案処理、関係機関との調整、国際的な協力などを必要とするため、時間を要します。
これは、どちらが重要でどちらが重要でないという話ではありません。
行政とは、
「直ちに改善可能な制度上の問題は改善しながら、時間を要する構造的問題には継続的に取り組む」
という形で進めていくものです。
これは出入国在留管理行政に限らず、行政全般に共通する基本的な考え方です。

「厳格化」と「実務対応」は対立するものではない

外国人政策をめぐる議論では、ときに、
「本当に重要な問題に取り組まず、分かりやすい厳格化だけを進めている」
という批判が見られます。
しかし、これは必ずしも正確ではありません。
「厳格化すべき部分を厳格化すること」と、「実務上すぐには解決できない問題に継続的に取り組むこと」は、二者択一ではありません。
不法残留者対策を進めることと、永住許可制度
運用を見直すこと(永住許可要件の適正化)は、本来競合するものではありません。
どちらも、在留資格制度を適正に運用し、日本社会の秩序を維持するための、出入国在留管理行政の重要な一部です。
むしろ必要なのは、「どちらか一方だけを重視する」のではなく、それぞれの課題の性質を理解し、適切な方法で対応していくことです。

おわりに―出入国在留管理行政には「現実を見る視点」が必要である

外国人政策について議論することは、日本社会の将来を考えるうえで非常に重要です。
厳格な管理を求める意見も、外国人の適正な受け入れを求める意見も、それぞれ政策論として存在します。
しかし、どのような立場であっても、行政実務の現実を無視した議論では、適切な政策判断につながりません。
大切なのは、
「問題があるなら、すぐ解決できるはずだ」
という単純な発想でも、
「制度改正をするだけでは不十分だ」
という一面的な見方でもありません。
何が短期間で改善できる課題なのか。
何が時間をかけて取り組むべき課題なのか。
その違いを理解することこそ、成熟した外国人政策議論に必要な視点ではないでしょうか。

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